思い込みに気づくと自然と次世代を想う
八百万の神というお陰様
次世代に何を残せるか。私には子供がおり、そう考える機会が自然と訪れた。それも縁なのだが、その問い自体が縁遠いまま過ぎていく場合もあるだろう。もちろん良い悪いの話ではない。ただ、その問いに至るかどうかとは別に、確かめておきたいことがある。
自分自身は、これまで何を受け取ってきたのか。
身の回りを見渡す。
夜明け前の薄暗い部屋に電気が灯る。椅子に腰かけ、寝巻き姿でこの記事を綴る。外は雨。家に守られ安心した犬は、いつものお気に入りの寝床でぐーぐー寝息を立てる。電気、椅子、服、家、犬の寝床。自分が今使っているものは、当たり前に享受しているものの、誰かが考え、試し、失敗を経て発明し、人を巻きこみ作り上げて渡してくれたものだ。
食卓を想像する。
いま口にしている米や野菜、果物は、野生であった植物を、何世代もかけ、気候・土地に合うよう試行錯誤してきただろう。保存の技術、調理の工夫。無数の人が関わり、次に託してきたものの積み重ねにある。今日の食卓は、その一番新しい形だ。
住んでいる土地はどうだろう。
道路、水道、今私が住んでいる団地。当たり前に思えるこれらは、当たり前ではない時代があった。厳しい戦争や困難な時代を経て、それでもこの土地を守り、次に渡そうとした人たちがいた。彼らのほとんどは、名前も残さず、顔も分からない。ただ、その選択の結果が、今の暮らしとして残っている。
命。
いま自分がここにいるのは、両親がいたからで、その両親にも、それぞれの両親がいた。一代でも欠ければ、今日の自分は存在しない。何百代という途切れない連鎖という奇跡的な条件の一番端に、たまたま自分が立っている。
自分自身の価値観や考え方。
親や先生、先輩や上司からの教えやアドバイス、そして歴史上の偉人の言葉が、予期せぬ形で導いてくれた結果、今の見方がある。
ただ、必ずしもこれら全てが望ましい方向づけをするとは限らない。自分の人生を、自覚できない形で望ましくない方向にするものなら、それは思い込みという色メガネだ。
その、自然に作り上げられた色メガネの奥にある先人達の真意。その気づきの種を掘り起こすのは、他ならぬ自分自身だ。その種は、芽吹き成長し、彩り豊かな花を咲かせる。そして花の後には実に包まれた、次世代へ繋ぐための種が生まれる。
種がある。種があるなら蒔きたくなる。
芽吹きは愛おしく
花は美しく
実は甘く、ときに酸っぱく
種は次の実りを想わせてくれるから
そう。
その気づきの種は、見渡す限り、そこら中に既にある。先人たちは、このことを八百万の神、お陰様と呼んだのかもしれない。



おちゃいさーん。
感謝を引き継ぎ、子どもたちに、安心、そしてワクワクするような未来を残してあげたいです✨
おちゃいさん 自然の中で生かされている自分を感じさせてくれる記事でした。
種がある。種があるなら蒔きたくなる。芽吹きは愛おしく、花は美しく、実は甘く、ときに酸っぱく、種は次の実りを想わせてくれるから。
素敵な言葉ですね。これからもよろしくお願いいたします。