【第2回】あなたの一杯に、添えて
コーヒーが、世界を動かし始める
コーヒーには、飲む前に味わえる物語がある
その一篇を、あなたの器に添えて
前回、カッファの森で生まれたコーヒーの話をした。
今回は、その豆がどうやって「ひと握りの人間だけが知っていた飲み物」から「世界を動かす飲み物」になっていったのか、その旅の続きを話す。
エチオピアからアラビア半島へ。紅海を渡ったコーヒーが最初に根を下ろしたのは、イエメンの山岳地帯。
15世紀、イエメンのスーフィー(イスラム神秘主義の修道者)たちは、夜通し続く祈りと瞑想のために、覚醒作用のある「qahwah(カフワ)」を飲み始めた。彼らにとってそれは嗜好品ではなく、神に近づくための秘薬だった。
そのコーヒーが積み出されたのが、紅海に面した港町——モカだ。
15世紀半ばから18世紀初頭にかけて、世界のコーヒー取引はほぼこの港が独占。エチオピア産もイエメン産も、すべてモカ港を経由して世界へ出ていった。だから今も「モカ」という名前がコーヒーの代名詞として残っている。港の名前が、味の名前になった。
オスマン帝国がイエメンを支配下に収めると、コーヒーはさらに加速。
帝国はコーヒーの栽培を独占し、焙煎した豆だけを流通させ、生きた苗木や生豆の持ち出しを厳しく禁じた。囲い込むことで、莫大な利益を得るために。
しかしそれより面白いのは、コーヒーが生み出した「場所」の話だ。
1554年頃、シリアのダマスカス出身の商人ハケムと、アレッポ出身の商人シェムスが、帝都イスタンブールのタフタカレ地区に最初のカフヴェハーネを開いたと記録されている。
カフヴェハーネ——直訳すれば「コーヒーの家」。
小さな陶器の杯に黒い液体が注がれ、男たちがその前に座る。飲みながら、話す。議論する。詩を読み上げる。商談をまとめる。それまで人々が集まれる場所といえばモスクか自宅しかない。カフヴェハーネは、身分や職業の垣根を越えて、男たちが長時間、安価に滞在できる、初めての世俗的な社交場だった。
瞬く間に帝都中に広がり、セリム2世の時代(1566〜1574年)にはイスタンブール内のコーヒー店は600軒を超えるまでに。
しかし、権力者はこの場所を恐れた。
新しい情報が行き交い、商談がまとまり、世論が形成され、時には反乱さえもが企まれる空間となった。禁止令が出され、店が焼かれた。それでもコーヒーハウスは消えなかった。人々がそこに集まることをやめなかったから。
コーヒーとは、集まる理由だったのだ。
その文化はやがてヨーロッパへ渡る。ここで重要なのが、当時のヨーロッパの「飲み物」の事情だ。
中世ヨーロッパでは水が不衛生で感染症の危険が高かったため、ビールやワインなどの発酵飲料が日常的な飲み物として広く飲まれていた。子どもも含め、アルコールが食卓に並ぶのが当たり前の時代。居酒屋やキャバレは「酩酊」の場であり、それが日常の風景だった。
そこにコーヒーが現れる。
酔わせるのではなく、覚醒させる飲み物として。
コーヒーがヨーロッパの扉を最初に叩いたのは、ヴェネツィア。
当時ヴェネツィアは地中海貿易の中心地で、オスマン帝国との交易が最も盛んな都市だった。コンスタンティノープルに商用で通っていたヴェネツィア商人たちがカフヴェハーネでコーヒーに出会い、その豆をイタリアへ持ち帰る。
しかしコーヒーは最初、歓迎されなかった。
「イスラム教徒の飲み物だ」「悪魔の匂いがする」——そういった声があがり、ローマ教皇クレメンス8世はコーヒーの飲用禁止を判断するよう求められた。教皇は自ら一口飲んでみて、こう言ったと伝わっている。
「これほど美味しいものを異教徒だけに独占させておくのは惜しい」
そしてコーヒーに洗礼を施し、キリスト教の飲み物として公認。
1645年、ヴェネツィアにヨーロッパ初のコーヒーハウスが開業する。
そして1720年、サン・マルコ広場のほとりに「カフェ・フローリアン」が開業。創業者フロリアーノ・フランチェスコーニの名を冠したこの店は、政府の規制と同業者との競争を潜り抜け、今もなお営業を続けるヨーロッパ現存最古のカフェだ。カフェ・ラテ発祥の店としても知られ、ゲーテ、カサノヴァ、ニーチェ、ヘミングウェイ——世界中の著名人がここに集った。
作家バルザックはこんな言葉を残している。「フローリアンは株の取引所であるとともに劇場のロビー、読書室、クラブ、それに告解の場所でもある」と。一杯のコーヒーが、都市のあらゆる機能を担っていた。
カッファの森の片隅で起きた小さな出来事が、何世紀もかけてあなたのところまで届く。
イスタンブールの路地裏で生まれた「集まる場所」は、ヴェネツィアの商人たちの手によって海を渡り、やがてヨーロッパ全土を変えていく。
次回は、コーヒーがイギリスへ渡り——ロンドンのコーヒーハウスが保険、証券取引を生み、近代そのものを作り上げた話、そしてパリのカフェがヴォルテールやルソーを集め、革命の火をつけるまでの話をする。



コーヒーに洗礼とか😆✨
歴史浪漫ですね💖
読んでてワクワクしました!
ヴェネツィアは場所としても歴史も大好きな街です😍
次に行く時の楽しみ増えました🙌
どうもありがとうございます😊
美味しいコーヒーが世界を変えてきたんですね😆